インシュリン分泌不足
幼少の頃から発病する若年性糖尿病は、ランゲルハンス島(膵の内分泌組織でインシュリンを分泌する)の先天的発育不全によるインシュリン不足である。
これに対して、成人になって発病する成年型糖尿病は、ストレス、肥満、薬剤(副腎皮質ホルモンなど)によるインシュリン不足である。したがって、若年性では経口糖尿病薬のようなラ島刺激剤は禁忌とされ、治療は専らインシュリン注射で対応している。
これに対し、インシュリン不足による成人型糖尿病では、経口糖尿病薬で血糖を十分コントロ−ルできる。
治療の根本は、食事療法、ストレスの解消、体重のコントロ−ル、適度の運動などによるインシュリン消費量の抑制につきる。
遺伝の傾向
若年性の糖尿病は遺伝の傾向が強い。勿論、成人型糖尿病も遺伝的、体質的遺伝傾向は極めて高い。糖尿病の家族からの糖尿病は極めて多い。
これらのことは、糖尿病は遺伝性があることを示している。
以前糖尿病といわれていたのは、最後の段階である顕性糖尿病のことである。
しかし、現在では人間ドックなどの検診によって、それよりもずっと前の潜伏性糖尿病の段階で発見できるようになった。この時期にはまだ糖尿病としての症状はあまりみられない。
現在はそれよりさらに前の状態の糖尿病を発見することが行われている。これらは前糖尿病といわれる段階のものである。
現在日本では、1400万人前後の前糖尿病患者の予備軍がいるといわれている。糖尿病の治療で最も重要なことは、はっきりとした症状がみられない前糖尿病の段階で発見することである。
細動脈を犯す
長期間の進行した糖尿病では、全身の細い動脈を犯すことが最も特徴的で重大なことである。
糖尿病では、眼底網膜の最小動脈が犯されることが多く、よく視力障害が起こす。
一型糖尿病
若年性で、急性で、殆どインシュリンの分泌がない。
二型糖尿病
40歳以上の成人に多くみられ、進行は緩慢で、血糖値はやや高い。
一型糖尿病 | 二型糖尿病 | |
頻度 | まれ | 多い |
発症 | 急性 | 慢性 |
発症年齢 | 若年 | 成人 |
体型 | 正常ないし痩せ型 | 肥満型が多い |
血糖 | 高い | 軽度 |
インシュリン | 必要 | 不必要 |
病態 | 不安定 | 安定 |
血管合併症 | 多い、進行急 | 軽度で、進行遅い |
循環器障害 −心筋梗塞症が多い−
糖尿病では細い動脈に障害を起こしやすい。循環器障害が糖尿病での最大の死亡原因であり、半数を占めている。
ことに心筋梗塞症、狭心症、脳血栓症、脳出血が多い。
糖尿病性腎症
糖尿病では腎の細小動脈が硬くなって感染症と合併して慢性腎盂腎炎を起こし易い。そのために、糖尿病では各種の腎機能の障害が見られ、糖尿病性腎不全や尿毒症を起こす。
糖尿病性網膜症
網膜の細い動脈を犯して失明することがある。糖尿病になるとさらに白内障も起こり易く、視力障害の原因となる。
感染症
糖尿病では皮膚化膿症を起こし易い。感染を起こすとなかなか治癒しないので、合併症には注意することが大切である。
糖尿病は漢方では消渇といっている。勿論、現代医学の顕性糖尿病のことである。
血糖値が130以上で、尿糖が出ており、はっきりした糖尿病のことである。前糖尿病の段階のものは一応除いて、上にあげた糖尿病を対象として述べることにする。
前糖尿病の予備軍は、漢方では、糖尿病という概念を離れてそのときの症候をもとに弁証して、治療を進めていかなければならない。
漢方でいう消渇と、現代医学の糖尿病とは大体同じものと考えてよい。本病は、飲食の不節制、精神的ストレス、過度の労働、肥満、先天的体質などが発生の主な原因であり、漢方では陰津虚損、燥熱内生を病因と考えられている。
糖尿病は、陰津虚損して燥熱が生じそれが高ぶって起こるもので、根本原因は陰虚であり、表面に現れた症状が燥熱である。
両者は互いに影響しあっており、陰の虚が進むと燥熱はますます盛んになり、燥熱が盛んになると陰はますます虚してくる。
飲食の不節制
長期間の飲食の不節制や暴飲暴食、おいしい甘いものの多食などは自然に胃腸を傷つけ、胃腸の働きを失調させ、胃の中で飲食物がたまって消化しないで内熱を醸しだし、結果的に水分を傷灼し、水分不足になって体内の各臓腑経絡の働きが失調し、糖尿病になる。
ストレス
長期間のストレスを受けると、鬱積したものが気血の流れを阻害し、すぐに漢方でいう肝の働きに影響を与える(精神的要素は肝に影響を与える)。
影響を受けた肝の働きは、鬱滞した気持ちを晴らすことができず、ストレスはいつまでも肝に鬱し、火に変化し火熱が盛んになって、ただ上の胃の中の水分を灼傷するばかりでなく、下の腎液も損耗して、火のために肝の気を晴らす作用が過剰になり、下の腎の小便を出す作用も開閉がうまく行かず、糖尿病になる。
つまり、上はガツガツよく食べ、下は垂れ流すという現象が起こってくる。
先天的体質
先天的体質が不足すると、体内の五臓全部が虚弱になり、とくに腎臓が虚して糖尿病が起こる。
というのは、五臓は精を蔵し、精は人生の根本である。腎は五臓六腑の精を蔵しているので、五臓が虚せば精気が不足し、気血も虚弱になり、腎も精を蔵することができなくなり、精液は枯渇して糖尿病が発生する。
過度の労働や房室の不節制
過度の労働や房室の不節制は腎精を虚損し、虚火を内生させ、腎は虚し胃腸は熱をもって、糖尿病が起こる。
過度の労働や房室の不節制は腎精を消耗するので、糖尿病を起こしやすい。
男女老幼問わず
多飲、多食、多尿、消痩は糖尿病の典型的症状である。本病は、よく食べよく飲む中年以降の人に多発するが、青少年にもみられる。
発病の年齢、病状の軽重、予後は様様であるが、若い青少年の人は、一般に発病が急で、病の進み具合も早く、病状も重く、症状も典型的で、予後は芳しくない。これは、幼少の児童は体の陰陽が充分発育していないからで、虚になりやすい生理的特徴があるためである。
中年以降に発病する人は、一般に発病は緩慢で、期間も長く、一部の患者はその臨床症状もはっきり現れない。
体質
患者の体質によって病の長短や臨床症状に違いが出てくる。多飲や多食や多尿はよくみられる症状であるが、これらの症状は併見されることが多い。
また体質の違いによって、乏力、自汗、いらいら、不眠、皮膚乾燥、大便乾結、小便渋濁、小便清白などの症がみられる。舌質は多くは赤く乾き、舌苔は多くは薄白か黄燥である。脈は多くは弦数か細数無力である。体質によって、舌、脈ともに異なってくる。
合併症
糖尿病が長期化すると、色々の合併症を併発することが多い。糖尿病では色々の合併症の併発が一つの特徴となっている。
多飲、多食、多尿、消痩が糖尿病の基本的症状であり、合併症はあくまでも従である。
糖尿病の合併症としては、循環器障害、よく背中や足にできものができたり、皮膚のかゆみ、口内炎、長く続く咳、白内障、視力減退、耳鳴り、手足のしびれ、むくみ、下痢、頭痛、吐き気、食欲不振、月経不順、精力減退などがみられる。
糖尿病を上、中、下に別ける
漢方では、昔から糖尿病を上、中、下に別けて弁証していた。そして、上は軽く、中は重く、下は危ない、下は上中の伝変の結果として起こるものだと考えていた。しかし、上中下ははっきりと区別することはできない。
糖尿病では、常に多尿によって体内の水分が消耗し、水分が消耗するので多食、多飲つまり上中の症状が起こってくる。その結果日増しに体は痩せてくる。
弁証の区別 | 主な鑑別症状 | ||
上 | 燥熱 | 実 | いらいらして口渇、多飲、口舌乾燥、尿頻量多い、尿色黄、消痩、舌赤苔少、脈力強く早い |
中 | 胃熱 | 実 | 多食、口渇冷飲、消痩、大便乾燥、舌赤、脈力強く早い |
下 | 陰虚 | 虚 | 尿頻量多い、混濁、甘い、腰膝痛だるい、耳鳴り、多夢、遺精、皮膚乾燥、皮膚痒い、舌赤少苔、脈細く速い |
下 | 陰陽両虚 | 虚 | 小便頻、混濁、よく飲んでよく小便する、咽舌乾燥、手足ほてる、すがた憔悴、顔色黒ずむ、腰膝痛だるい、四肢冷える、寒がり、舌淡苔白で乾、脈沈細無力 |
疾患 | 病因 | 主な鑑別症状 |
淤血 | 動脈障害 | 長期の糖尿病、淤血阻滞、舌質淤暗、舌上淤点班、舌下静脈怒脹、頭痛、耳鳴り、胸部刺痛、半身不随、動悸、健忘、多夢、脈渋か結代 |
白内障 | 網膜障害 細動脈 | 糖尿病の長期化、視力減退、黒いものが飛ぶ、瞳白、油状の黒点が見える、失明するに至る |
できもの | 皮膚障害 | 糖尿病に併発、皮膚のできもの、なかなか治らない、歯ぐき化膿、舌赤苔黄、脈早い |