五臓間の関係

人の生命は、臓腑の働きの密接な連係、相互協調また相互制約と対立により、発展と運動を繰り返して、複雑な生理活動を営んでいる。
疾病の複雑で錯綜した発病メカニズムの中で、その発生、発展、変化をもとに、どの臓腑で起こった疾病なのかを確定することは、先ず第一にとりかからなければならないことである。
現代風にいえば、病院を選ぶ際の何科に行ったらよいか、一応の目安をつけることとよく似ている。要するに疾病の個所の確定である。その場合単純に一臓あるいは一腑のときもあるが、往々にして多臓腑にまたがることが多い。
これら臓腑の間には、依存と制約の過程で、平衡と不均衡、相互転化が起こり、五臓間の太過と不及という関係が生ずる。そして相互的平衡がくずれて太過や不及が起こると、疾病が発生し、複雑な証候を呈する。これら複雑な証候を五臓間の規律、つまり陰陽五行学説の相生、相克の関係などを利用して認識し帰類していくことは、疾病の本質を知ると同時に、疾病の治療の上で最も重要なことである。

1.心と腎

2.肝と腎

腎は精を蔵し、肝は血を蔵する。肝と腎の関係は主に精と血の関係である。肝血は腎精の滋養に依存しており、肝の疎泄と血液の調節機能は、これによって順調に営まれている。肝血が充盛すると血は化して精となり、腎精もそれにつれて充実することができる。腎精が虚損すると肝血不足をきたし、肝血が不足すれば腎精も虚損することになる。
肝腎二臓は、一方が盛んになるともう一方も盛んになり、一方が衰えるともう一方も衰え、運命共同体であり、そのことから「肝腎同源」といわれている。肝と腎は二人三脚のようなもので、どちらかが転ぶと片方もそれにつれて転ぶ。肝と腎は五行学説からいえば「相生」の関係にある。

3.脾と腎

脾は「後天の本」、腎は「先天の本」といわれており、両者の間には密接な関係がある。先天不足になると後天に影響が及び、後天不足では先天が不利となる。
臨床上この二臓は、不足すなわち虚弱の傾向になることが多い。脾の運化機能は腎陽の温養に依存しており、腎陽が充実しておれば脾の運化機能もすこやかであり、脾陽が充足しておれば水谷の精微や水湿を十分運化できる。この場合腎陽が不足すれば、それにつれて脾陽不振をきたし、運化の機能が失調する。反対に脾の運化機能が失調すると、腎陽の働きを活発にする源泉が枯渇し、腎は後天の脾の助けがなくなり、腎虚が出現する。(図D−8)結果的に脾腎陽虚となる。
図D-8 脾腎陽虚

脾陽虚になって水湿内停すると、腎虚とくに腎気虚になり、腎の気化作用が失調し、水門の開閉がうまくいかなくて、水湿が内停し浮腫や飲となる。(図D−9)
図D-9 脾腎陽虚

このようなことを五行学説では「土、水を制せず」といい、脾と腎の間の「相克」関係がくずれた状態である。臨床上よくみられる「五更泄<ゴコウセツ>(毎朝、明けがたの腸鳴下痢)」は、腎陽虚(命火不足)によるものである。

4.肺と腎

肺は気を主りかつまた粛降を主り、水道を通調する。腎は納気を主り水の臓であり、一身の水液代謝を管理している。

5.心と脾

心は血を主り、脾は血を生じ血を統べ、両者はみな血と関係がある。血液は、脾の水谷の精微を運化する働きによって生化する。
脾気虚になると運化機能が失調し、脾の生化の源泉が不足し心血不足になる。いわゆる「土虚火衰」である。そうして心脾両虚になる。これは脾病が心に影響を及ぼしたことになる。
また心陽の不足は脾の運化機能の失調をきたす。脾の機能が正常であれば血を統括する作用を発揮できるが、脾気虚になると統血ができず妄行し出血する。このように心が脾に影響を及ぼした状態を「火、土を生せず」といっている。心脾の機能が失調すると、出血ばかりか淤血の症も出現する。
以上の場合臨床上、動悸、健忘、不眠、食欲不振、出血、月経不順などの症状がある。

6.肝と脾(胃)

肝は血を蔵し疎泄を主り、脾は血を生じ運化を主り、肝と脾の間の主な関係は疎泄と運化である。肝の疎泄作用が伸びやかで気の通りがよい状態では、脾の運化機能も正常に発揮される。肝の蔵している血は、脾の水谷精微物質の運化に頼っており、脾の運化が不良になると肝の疎泄がうまくいかなかったり肝血不足を起こす。また反対に脾の運化は、肝の疎泄作用に依存している。
《金匱要略》に「肝の病を見れば、肝、脾に伝わるを知る。まさに先ず脾を実せしむべし」とある。これは病を治す場合だけでなく、積極的予防の意味も兼ねている。

7.肺と脾(胃)(図E−5)

図E-5 肺と脾(胃)間の正常時

肺と脾(胃)の関係は、気と水液代謝の二方面が主なものである。

8.心と肺

心肺とも上焦に位置し、心は血を主り、肺は気を主っており、両者の間は気と血の関係である。気は陽に属し血は陰に属し、血の運行は気の推動に依存しており、気は血に載っかって二者協同して全身を行っている。
もし血があって気の推動がなかったら、血は凝固して行らなくなり、淤血となってしまう。もし気があって血がなかったら、気は寄り附き載っかるものがなくなり、散り散りバラバラに拡散してしまう。
したがって「気は血の帥となす」、「気は血の母」、「気行れば血行る」、「気滞れば血滞る」などといわれている。
病理上、次のいくつかの型がよく見られる。

9.心と肝

心と肝の関係は血液と精神の二方面である。

10.肺と肝

肺は気を主りその性質は粛降であり、肝は血を蔵しその性質は昇発である。このようなことから肺と肝の関係は、人体の気の昇降運動の機能ということができる。
肺と肝の間は、肺は全身の気の調節を主っており、肝は全身の血の調節を行っている。肺の全身の気の調節機能は血の充養に頼っており、肝の全身にわたる血液輸送はまた肺の気の推動に依存している。いいかえると肝の疎泄作用によって肺気は順調にめぐり、また全身に津液を輸布させることができる。肺の津液輸布の正常な働きによって肝はその剛性を柔軟にさせ、肝気を伸展させることができる。肺気虚弱になると、肝の調節や疎泄機能に影響を与えて(たとえば肝気鬱結)、身体乏力、息切れ、精神抑鬱などの症が現れる。
肺の粛降機能が失調すると、肝の昇発太過が起こり、咳嗽、胸脇痛、胸脇脹満、頭痛、めまいなどの症をひき起こす。肝気鬱結すると、「気鬱すれば熱を生ず」といわれるように、熱と化して(寒と化す場合もある)肝火亢盛し、肺陰を灼傷して肺の調節粛降に影響を与え、咽喉痛、咳痰、喀血などの症が現れる。これを「肝火犯肺」、「木火刑金」、「木扣金鳴<モッコウキンメイ>(木を叩くと金が鳴く)」という。(図E−7)

図E-7 木火刑金(木扣金鳴)


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