五臓

臓象を学ぶことの重要性

臓象を学ぶことは、疾病の性質や発病のメカニズムをしっかりと捕らえ、弁証の進め方をよく理解して、疾病の治癒に到達する過程で大変重要なことである。
これを学ぶことは、むやみやたらに前進していくというのではなくて、弁証の基本を忠実に順守することにほかならない。
最初に漢方を学ぶ人は、漢方の理論に接して、ちょうど目隠しをして巨象のしっぽを握って、これは犬のしっぽである、あるいは豚のしっぽであるといっているようなもので、全体が巨象であることを知らない。
初心者は漢方の術語や語句に接して、チンプンカンプンで何も分からず、しっぽの長さ、太さしか理解できず、長い時間を費やし、また沢山の例を引いて何とか全体像を理解しようとする。
しかし悲しいかな術語−語句の意味は理解できても、全体像の象つまり漢方全体のしくみを知る由もなく、右往左往してさまよい歩き、途中で頓挫してしまったり、自己流に間違った道を進んでしまう。大多数の方はこのような経験をお持ちであろう。
これは漢方の理論が膨大で、かつ古代からの抽象論におおわれ、現代医学理論みたいに明確化されておらず、いまだに未完成だからである。
漢方理論体系において、臓象は基礎理論中の基礎であり、極めて重要な地位をしめている。
それ故、私達は漢方を学ぶに当たっては、数多くある基礎理論を一歩一歩理解していき、確固たる立脚点に立って、弁証施治を進めていかなければならない。このように堅実に歩みを進めていかないと、壁にぶつかり困難に遭遇した場合どうしようもなくなる。
ある人はこのような順序を踏まず、また時間の浪費や、無駄骨を折るというような考えから、近道をして早い方法はないものかと、いわゆる「病名漢方」などに走り、安易な道を選ぶ。
このように弁証をしないで病を治そうとすると病を治癒させる保証はどこにもない。
無駄なことを省いて近道をして早く治そうと思って、かえって目的を達成できなくなるようなことが起こるのは、弁証という原則をふまえていないからである。
今まで、六淫、気血津液、八綱、陰陽五行などの漢方の基礎を述べてきたが、弁証にあたってはまだ不足しているものがある。疾病中の人体の内部を詳しく知ることである。それには臓象を学ぶことが必要になってくる。
たとえば、「心」を例にとると、心の正常機能はどうか、人体のどの部位にあるか、「心」と他の四臓とはどんな関係か、病理的に疾病と関係があるか、あるとすればどんな関係か、などのことをよく学び、「心」の正常時の機能をよく理解しないと、異常時つまり病態のときの状態が分からない。
臓象の機能を徹底的に明確に熟知していないと、臨床にのぞんで臨機応変に今まで学んできた種々の基本理論を縦横に駆使できず、ひいては治療に支障をきたすことになる。

臓象の意味と特徴

「臓」とは人体の内臓のことをいい、また貯蔵するという意味もある。「象」とは内臓活動の外部に現れた各種現象を指す。内臓には人体の腔内各種器官があるが、その中では臓と腑に大別される。
心、肝、脾、肺、腎は五臓といわれ、精気を貯蔵して外にもらさず、中はつまっている状態、「蔵して瀉せず」である。腑は胆、胃、大腸、小腸、膀胱、三焦の六腑で物を変化して中に貯蔵せず、空間になっており、「瀉して蔵せず」である。
このほか、心包絡というものがあるが、その機能は大体心と同じであるので、これは一腑として設ける必要はない。
五臓六腑のほかに「奇恒<キコウ>の府」というものがあるが、奇は異なる、恒は平常、つまり平常と異なるという意味である。その中には髄、脳、骨、脈、胆、女子胞(子宮)があるが、この機能は臓のようで臓でなく、腑のようで腑でもなく、ちょうど臓腑の間にあるような働きをするので、「奇恒の府」と名付けられている。
臓腑の活動によって、食物に含まれている営養物質を化生して、人体の生命活動の本となる気、血、精、津液が作られるが、反面、臓の活動にはそれらを作りだすエネルギーを必要とする。それが気である。
臓象学説の考え方は、整体という観点に立って各臓器の機能だけでなく、生理的、病理的な各種の反応をも包括している。総じていえば臓の機能は、ある系統の活動や作用を広く包括している。
たとえば腎は現代医学では、生殖、泌尿の二つの系統が大部分である。しかし臓象学説での腎の機能は生殖、泌尿以外に、骨、髄、脳、耳、髪、現代的にいえば免疫機能、ホルモン分泌とも密接な関係があり、他の四臓、心、肺、脾、肝とも相互依存、相互制約という関係をもっている。
また脾胃は現代医学では消化系統を主っているが、ほかに統血作用もあり、四肢や肌肉とも密接な関係がある。
臓腑の活動は全身にわたって有機的に結びついており、各臓腑が孤立的に働いているのではない。人体の生命活動は、内は呼吸、消化、循環、排泄、外は言語、行動、視覚、聴覚と様々あるが、これらは一つ一つ五臓六腑に統一されているわけではない。
人間の生命活動維持のメカニズムの解明には、臓と臓、腑と腑、臓と腑の対立と統一、相互依存、相互制約、生理上、病理上の密接な関係を熟知すると同時に、局所並びに全体像の詳しい診察が大切である。
臓象学説は前にも述べたように漢方理論の基礎中の基礎であるので、この理論を運用して、症状を分析し臓腑を調理すれば、疾病の治癒に到達することができる。

1.心

心は五臓の代表であり、広義と狭義の意味がある。狭義の心は現代医学の心臓を指し、広義の心は人体生命の代表で、各内臓器官がその統括のもとに機能を発揮して複雑な生命活動を営んでいる。狭義の心は血管や舌とも密接な関係がある。

2.肝

現代医学の肝臓であり、血液を貯蔵し血量を調節し、その性質は疎泄(散らす)を主り、のびやかを好み、筋や爪、眼と密接に関係し、精神感情とも深い関わりをもっている。

3.脾

脾の主な機能は運化(輸送と消化)、統血を主り、四肢、肌肉(筋肉)、口唇と密接な関係がある。ここでいう脾の概念は、現代医学の脾とは大いに異なる。現代医学の解剖学的脾の作用のほか、消化系統の機能を包含している。
脾と胃を一緒にして「後天の本」と呼び、金元時代の名医「李東垣」は《脾胃論》を提唱して後世に多大の影響を与えている。

4.肺

肺は現代医学の解剖学的肺の機能すなわち呼吸を指すほか、身体内の各種気の機能つまり元気、宗気、営衛の気の生成や盛衰に深く関わっており、また皮毛、鼻、水分代謝、粛降、心の補助、血液運行とも密接に関係している。

5.腎

腎は左右一対、腰部に位置している。それ故「腰は腎の外腑」ともいわれている。その主な機能は、精を蔵し、納気、水液を主り、骨、髄、二陰、耳、髪と密接な関係がある。現代医学の腎臓とは同じでなく、広く泌尿系統、生殖、内分泌、脳の一部分の機能を具えている。


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