古代の人達は自然界のすべての物事や現象を、長い生活上の経験から木、火、土、金、水という離れることのできない五種類の物質の運行と変化として次第に認識するに至った。
人と自然界の関係を解釈する手段としての五行は、人体の生理、病理、病因、診断、薬物、治療面で多大の影響を与えている。これは「陰陽五行」学説として、陰陽学説とともに東洋医学の理論の中核となっており、色々の批判はあるにしても、五行学説の相生<ソウジョウ>、相克<ソウコク>理論は、歴代各家の著述中に広く運用されている。
これら五種類の物質は人間が生活していく上で、必要欠くべからざる最小限のものであり、これらの間には特徴があり相互に依存し合っており、別個に分離することはできない。これらの特徴や相互関係を、自然界の物事すべてにあてはめて帰類説明して認識分析し、学術理論を組み立てている。
寒冷 | 水は自然の状態では冷たいので寒冷は水の特徴である。自然界の一切の事物や現象が寒冷であれば、水に属する。たとえば、冬季は五行では水に属するといわれている。どうしてかといえば、冬は寒冷であり寒冷は水の特徴である。したがって冬季は水に属する。 |
下に向う | 下の方に流れるという意味である。下の方に流れるのは水の特徴である。自然界の一切の事物や現象が、下の方に向うのは水の特徴である。 |
滋潤 | 水は滋潤の特徴がある。たとえばひからびたものに一滴水をたらすと潤ってくる。このように自然界の一切の事物や現象が滋潤作用を呈する場合、みな水に属するという。 |
閉蔵 | 閉蔵は水の特徴ということができる。水はみな地中からしみ出て、ちょうど地中に貯えられているようである。自然界の事物や現象で閉蔵の特徴がみられるものは、みな水の範囲に属する。 |
以上あげた例からもわかるように、冬季は水に属する。その理由は冬は冷たく、寒冷は水の特徴である。別の面からみると、冬季の期間は物はみな生長を止めて、ちょうど地中に閉蔵しているような格好である。
炎上 | 炎が盛んに燃え上るさま。物が燃焼し過度に旺盛になって燃え上るのは火の特徴である。このように過度に亢盛するのは火に属する。人が高熱を出した場合や、かんしゃくもちで怒り易いのは一般に火気が亢盛し たものということができる。高熱を出したり、かんしゃくを起こすのは、亢盛緊張の状態で、みな火の特徴がある。 | |
熱 | 火は熱く、熱いという感覚は火の特徴である。たとえば方位でいえば南方は五行の中では火に属する。また夏季は暑いので火に属する。 | |
赤い | 火の炎は、明々と光るのが特徴である。自然界の一切の事物や現象で赤いのは火に属する。たとえば皮膚のできもので、外見上赤い色をしているのは熱がある証拠であり、一般にこの場合は火があるという。 | |
物を化す | 化とは変化するあるいは消化するという意味である。どのようなものでも火を用いて化すことができるので、物を化すという現象や作用は火の特徴である。たとえばお腹がすいて腹一杯食べても満腹にならず、のどが渇いて多量の水を飲んでも口の渇きが止まず、しばらくするとまた空腹を覚えて飢えが止らず、いくら飲んでも渇きが止らないのは、体内の火が大盛している現象である。このような事象は火の物を化すという特徴である。 |
曲直 | 外からの力によって湾曲したり、真っすぐ伸びたりするのは樹木の特徴である。自然界の事物や現象に曲直の特徴があるのは、木の範囲に属する。たとえば、人の四肢が曲ったり伸びたりするのは木の作用である。 |
動揺し易い | 五行の中で木は最も動揺し易い。樹木の枝はちょっとした風でも揺れ動く。自然界の事物や現象で揺れ動くものは木の範囲である。たとえば、手足に振えが起こるのは一般に木病に属する。 |
伸展を好む | 樹木は外からの力が加わると曲ったり緊張したりして自然に上に伸びなくなってしまう。樹木は上に伸びていくのが普通の姿であり、伸展するのは木の特徴ということができる。たとえば、病因によって手足が振えたり緊張してつっぱったり、気が鬱して脇助の痛みや脹満などの症状が起こる場合は一般に木鬱という。このような現象は木の特徴の伸展ができないで、気の鬱が生じたからである。 |
声を出す | 金属というものは澄みきった音を出すものであり、音を発するのは金の特徴である。自然界の事物や現象で声を出すのは、みな金に属する。たとえば、話す声が低かったり、しわがれ声だったり、咳などは一般に金が病にかかったものであり、このように発声に関係あるものはみな金に属する。 |
粛殺(粛静と滅殺) | 金属類はみな堅く鋭利で粛清と殺す作用がある。自然界の事物や現象で粛殺のような特徴がある場合は金に属する。たとえば、一年の季節の中で秋は金に属する。どうしてかというと、秋になると木の葉が一枚一枚落ちて淋しくきびしく、夏の青々と繁った暖かい状態とは対称的である。このようにきびしい状態はみな一様に粛殺という言葉で形容され、金の範囲に属する。 |
物を載せる | 自然界の一切の物質は土地の上に載っかっている。土には物を載せるという特徴があり、夏は土の範囲に属する。どうして夏は土に属するのだろうか?
毎年夏になると土からの養分を得て草木は成長し繁茂する。土から養分を得て繁茂している状態は土に載っかっている格好である。金、木、水、火の作用は、土の物を載せるという特徴の基盤の上に生ずるもので、土以外の他の四つにはない。それ故、土は五行の中で最も重要なもので、万物の母といわれている。 |
生化(生長変化) | 自然界の色んなものは、地中で生長変化してできたものであり、生化は土の特徴ということができる。たとえば、人体の脾胃は五行の中では土に属する。どうして脾胃は土に属するのだろうか? 人体の脾胃の作用は、食べた飲食物を消化して、人体に必要な営養物質に変えて人体を維持しているからである。それ故、土は生化という特徴をもっている。 |
相生<ソウジョウ>と相克<ソウコク>
相生(図B−1)
相生とは相互に生む、促進するという意味である。五行の相生関係とは水は木を生ずる、木は火を生ずる、火は土を生ずる、土は金を生ずる、金は水を生ずるというものである。
たとえば、木は火を生ずる、火は土を生ずるで、我がいま火とすると、木は我を生ずるものであり、土は我が生ずるものということになる。他の四行でも同様の関係が成り立つ。
五行の相生関係は、古代からの長い経験から生まれたものであり、樹木の成長には水の灌漑が必要であり、水は樹木の成長を助けており、いわゆる水は木を生ずる。木材は燃えて火を生ずる。故に木は火を生ずる。灰は土に変わる故に火は土を生じる。金属類は地中に埋蔵されている。だから土は金を生ずる。夏を過ぎると秋になる。秋季は次第に寒くなって、きびしく冷徹の状態になり、すべての物が寒い冬に備えて収蔵の体制に入る。つまり、金(秋)は水(冬)を生じる。
相克(図B−2)
相克関係も相生関係と同様に、昔からの生活上の経験から編み出されたものである。
相克とは相互に抑制し合う意味である。物事が運動発展していく過程中にあって、促進する要素と抑制する要素とがある。
五行中の相生の関係は有利に働く促進する要素であり、相克は抑制、拮抗する要素である。
この相克という機能が具っているから、物事の発展、進行過程において異常に発展し過ぎ収拾できなくなるという事態が発生しなくてすむ。人体は、このような相生と相克という関係があってはじめて健康を維持していくことができる。
水は火を消すことができるし、火の勢いが過盛にならないように抑制する。故に水は火を克するという。金属は硬いが火力によって軟化させることができる。故に火は金を克するという。金属で作った道具(たとえばノコギリ)は樹木を切り倒したり、また色々と工作するのに使用される。故に金は木を克する。
樹木は地中深く根をおろし、そのさまはちょうど土に突き刺さったように立っている。それ故木は土を克するという。川や池は土提によって堰き止められ、氾濫や洪水を防いでいる。したがって土は水を克する。
以上、相生と相克を別々に述べてきたが、これら二つには実際は密接な連係があり、相互に依存し合っている。相生と相克という矛盾した二つが一体となって健康を保っている。
もし相生があって相克がなかったなら、強いものは無制限に強くなり、弱いものはますます弱くなり、偏盛あるいは偏衰になってしまう。
反対に、相克だけあって相生がない場合は、成長促進の源がなくなってその結果は想像にかたくない。
このように、相生と相克は同時に存在して、太過または不及にならないように、一定の範囲内で正常に発展するように作用している。(図B−3)
五行中での一行はみな生と克という二つの矛盾した機能をもっていることは前に述べたが、相生にあっては「我が生ずる」、「我を生ずる」、また相克では「我が克する」、「我を克する」の作用である。この四者は連係して完全な統一体を形成している。たとえば、木(肝)は土(脾)を克し、火(心)は土(脾)を生じ、土は(脾)は金(肺)を生じ、金(肺)は木(肝)を克する。 したがって木(肝)は土(脾)の働きを抑制するが、片一方で火(心)は土(脾)の働きを促進し、土(脾)の働きが旺盛になって木(肝)の過分の抑制を受けなくなる。
また土(脾)が旺盛になると金(肺)の働きが活発になり、必然的に金(肺)が木(肝)を克するようになり、木(肝)は金(肺)の制約を受けてやたらに土(脾)を克するようなことはなくなる。
その他の四行でも同じことが行われ、五行の間の依存関係は縦横に交錯し複雑にかつ系統立って連係し、発展運動を続けている。
人体では以上のような相生と相克という作用が一体となって健康を維持している。木における相生と相克の関係を図示する。(図B−4)
相乗<ソウジョウ>と反侮<ハンブ>
五行中の太過とは、ある一行が偏盛した状況で、不及とは五行中のある一行が偏衰した状況であり、この場合(図B−5)、(図B−6)、(図B−7)のように相乗と反侮が同時に起こる。
乗とは虚に乗じて相手方に侵襲することで、侮とは自分より強い相手をあなどることであり、五行間で異常現象が起こった状況である。
前に述べた五行間の相克関係、「木(肝)は土(脾)を克する、土(脾)は水(腎)を克する、水(腎)は火(心)を克する、火(心)は金(肺)を克する、金(肺)は木(肝)を克する」は、一般に五行の各行の間は正常で調和して発展運行している状況である。
しかし異常な状況下では、五行間の調和が破れて、量的な面で変化が発生し、このような相乗反侮という現象が出現する。
では、反侮とはどのような場合をいうのだろうか?
正常な状況では水は火を克するが、水、火の間の量的面での変化が起こったとき、必ずしも水は火を克するとは限らない。
たとえば、水が大変少なくて火が燃え盛っている場合、ちょうどバケツ一杯の水で山と積まれた薪の火を消そうとしても消えないばかりか、燃え盛る火のために水は蒸発してしまう。このような火が水を克するという状況が反克すなわち反侮である。(図B−8)
相乗と相克は似ている。たとえば、火が金に乗ずる、金が木に乗ずる等は相乗というが、性質上相乗と相克は全く異なっている。相克は一般に正常な状態のとき起こるもので、互いに一行と他の一行が制約関係にある。
しかし相乗はそうではなく、往々反侮と同時に現れるもので、明らかに一種の異常現象である。火が燃え盛り水が少ないときは、水は火の旺盛を制約することができず、これによって火は金に大損害を与えてしまう。(図B−9)
勝復(図B−10)
勝復とはどういうことだろうか?
勝とは広い意味で相乗のことで、復とは報復つまり仕返しすることである。木が不及になると金が木に侵襲して相乗が起こる。この時点が勝に当る。
木が鬱すると火が生じ、火は金を克する。この時点までが復に当る。
勝復の一般的な決まりは、勝があればその後に必ず報いすなわち復がくるというものである。
昔の人は自然気候の循環の現象に用いたが、その後疾病の流行の推測や予後、治療関係にも用いられるようになった。
自然界を例にとってみると、雨が長く続いて気温が上がらないのは、五行学説からいえば、水が火に勝つ、水が火に乗ずるということである。
しかしある程度した後は必ず反対方向へ転化が起こり、一変して長い間雨が降らず気候は熱に転じる。このような現象を五行学説では勝復といい、自然界の気候の自動調節の表れであり、一切の変化の発生は、五行間のこのような働きによっていつまでも続き止まない。
「亢すれば害し、承すれば制す、制すれば生化す」
五行間には相生と相克の関係があるが、相克は五行間の相互制約を行っており、これは物事が成長発展変化していく過程での、五行間の相互対立の両方間の闘争と考えてよく、相克関係が正常に運行してはじめて物事は順調に進行していく。
《素問・六微旨大論》に「亢すれば害し、承すれば制す、制すれば生化す」とある。つまり「承すれば制す」とは五行間の相互制約で、「制すれば生化す」とは五行間の相互制約という状況下ではじめて正常な成長変化が生まれることを指している。制とは克のことで、物事が成長変化していく上での決定的役割を果たしている。
五行学説では、このような制約現象が、休むことなく五行間の盛衰につれて行われていると考えられており、それによってたゆまざる成長発展がなされている。
五行間の運動は、五行間の盛衰の流れの結果起こる。「亢」とは高ぶる、過大になるという意味で、五行間の運動の盛衰の結果起こるものであり、盛衰がなかったら運動も変化もあり得ない。
ここで問題なのは亢の程度であり、亢が制約抑制を受けることができる程度であれば、正常現象の相克ということができる。
亢が制約を受けることのできる範囲を超えて亢盛している場合は、これを制約することができなくなって、五行の間に異常な現象の相乗や反侮が現れる。それ故、亢が制約できない位過大になると五行間に異常な現象の相乗や反侮が起こって、正常な生化が行われなくなる。
陰陽学説と五行学説は古代からの一種の哲学思想であり、東洋医学の理論と臨床実践の解釈や論述に用いられてきた。陰陽学説は原則的に人体の各種疾病や症候を含めて自然界の各種事物や現象を、陰陽という対立した相互関係で概念的に分析している。
五行学説は陰陽学説に比べて個別的で人体内部の各臓器の相互関係について詳しく述べ、人体内部における錯綜した複雑な変化を五行に帰類して説明している。
五行学説では臨床症候中から、発生発展変化の過程を審かにし、どんな病理変化がどの臓腑で起こったかを決定している。その決定の後、臓腑と他臓腑間の相互関係を考えるという具体的運用が必要である。
しかし、五臓でも各々陰陽が配されている。たとえば、肝陰、肝陽、腎陰、腎陽というように五行の分野に陰陽が運用されている。
陰陽学説は原則性、概括性を主とし、人体内の対立互根の概念を説明しているが、五行学説は個別性が強く、錯綜した複雑な発病や転帰などを具体的に分析しており、二者の間にはそれぞれ特徴がある。
しかし、陰陽中には五行が包括され、五行の中はまた陰陽に分かれているように、陰陽と五行の関係は基本的に一体となっている。