疾病が変化発展していくメカニズムは、邪正闘争、陰陽失調という二つの病理変化である。
邪正の闘争は、発病素因と人体の正気(抗病能力、免疫力)との相互作用を指しており、これは疾病の発生と発展に関与しているばかりでなく、疾病の予後や転帰をも決定するものである。疾病の発生〜転帰は邪正闘争の過程でもある。
病因が正気を損傷したり、正気の抵抗にあったりするのが、邪正闘争の基本形態である
疾病の過程中で、具体的には邪気(邪のこと。たとえば六淫もその一つ)が正気を損傷し、正気が邪気に抵抗防御する反応のことで、邪気によってひき起こされた臓腑気血の乱れと、人体自身の陰陽の調節作用としてあらわれる。
邪気による正気の損傷 | 寒、湿は気の機能を収斂、阻滞させ、陽気を損傷し易い。火(熱)、暑は津液(体液)を外泄して、陰液(たとえば血、精、津液など各種体液の総称)を傷耗し易い。燥性は乾渋の性質があり、また津液を損傷し易い。風は六淫の筆頭であり、寒、湿、燥、熱は風邪に附随して人体を侵犯し、陰を損傷するか陽を損傷するかは、邪気の種類によって違ってくる。疫にも湿、熱のように異なった種類があり、陰陽の損傷の程度は極めてはげしく、病状は重い。 六淫や疫毒などの外邪が人体に侵入する場合は表(人体の表面、たとえば皮膚や口鼻)より裏(内臓)に入り、該当する臓腑を次第に損傷していく。 七情、飲食、疲労による病の場合は、臓腑気血に直接影響し、この発病の特徴は、主として臓腑気血の機能の失調をひき起こす。臓腑気血の機能が失調すると、正常な気化(臓腑の機能、気血の輸布、経絡の流注など)作用が行なわれなくなり、気血津液の生成に障害が起こり、正気の根源が欠乏して、次第に気血陰陽が不足するようになる。それとともに気血も消耗して、陰陽を損なう結果となる。 このほか痰飲(摂り入れた飲食が正常に運化されずに出来たもの)水湿、淤血(体内に停滞して流れない血液)は外感、内傷の病理産物であり、臓腑組織に作用して臓腑気血陰陽を失調させ、正気の損傷を更に悪化させる。 |
正気の抗邪反応 | 邪気に抵抗する正気の反応は全身的であるが、最初は邪が侵入した病位にあらわれる。外邪が人体に侵入する際には、一定の経路と部位を通るもので、正気の抗邪反応もある部位に限定され、比較的浅い表層に限られる。正気が虚弱で抗病力が低下すると、病邪は極めて速く拡散し、すぐ裏に侵入する。疾病が自然と治癒に向うのは、人体の抗邪作用があるからである。 《傷寒論・弁太陽病脈証併治》に「太陽病、悪寒七日以上に至り自ら癒ゆる者、其の経を行り尽るを以ての故なり」、また「太陽病、脈浮緊、発熱、身に汗なく、自ら衄(外傷以外の外部出血、たとえば鼻血など)する者は癒ゆ」とある。前者は正気が邪に抵抗して自然に好転していくことを、後者は正気が邪を駆逐し、邪が除去されて病が癒えることを示している。 正気の抗邪の反応は、人体自身の陰陽の調節作用に影響する。つまり人体の陰陽調節とは、人体に具っている固有の一種の自己防御本能(ホメオタシス)のことである。疾病にかかると、人体が本来持っている自己防御本能によって、病理的調整を行い、病的状態を修復して、病の原因による種々の弊害を少なくし、邪気の影響を一定範囲内に留めるようにしている。自己の陰陽の調節機能が低下すると、邪気は拡散して症状は日ごとに悪化していく。 |
邪正の盛衰は虚実の証候の基礎である
虚実は、臨床上の証候において邪正の盛衰を反映している。《素問・通評虚実論》に「邪気盛んなれば実し、精気奪すれば虚す」とある。
有邪は実であり、不足は虚である
邪気が存在してはじめて実証となる。邪気とは、人体に侵入した六淫などの外邪や、気化の障害により生じた痰飲水湿、淤血などの病理産物、及び食積(食滞)、虫積(腹中の寄生虫の病症)、燥矢<ソウシ>(乾いた硬い大便)などによって臓腑の失調がひき起こされた気の機能の阻滞を指している。正気の不足は、虚証が形成される基礎である。
《医学正伝》に「虚とは正気の虚なり」とある。
正気の虚をひき起こす原因として、先天的のものは、生まれながらの正気不足を指し、後天的のものは、各種病因、または不適当な治療、誤治などによって起こる。後天的の分野では、一つは臓腑内傷の化源不足、気血の傷耗であり、もう一つは外感病の過程での病邪による正気の損傷である。
総体的に邪気が存在するものを実といい、正気が不足するものを虚という。したがって外邪や病理産物がひき起こしたものは実証であり、正気が不足して起こったものは虚証である。
たとえば、感冒などで急に悪寒、発熱、汗はかかない場合は、外邪(敵)と正気(味方)の軍隊が体表という第一線ではげしい戦闘をくりひろげて、敵が味方の強力な軍隊の抵抗にあった結果として、悪寒、発熱が起こっているものである。その悪寒、発熱という症状が強ければ強いほど、敵と味方が互いにはげしい戦闘をくりひろげていることになる。この場合は実である。
また、外邪(敵)の戦力が精鋭部隊で強力な場合は、正気(味方)も全力を尽して戦うが、次第に敵の戦力に圧倒されて、第一線からだんだん退き、第二線(内部)へと後退を余儀なくされる。この場合は実から次第に虚へと転化していくことを意味する。
内臓の病理産物、たとえば痰飲や淤血、鬱がある場合は、司令部の中に裏切り者がいるような状態を考えるとよい。司令部で内乱が起こり、反乱軍が蜂起して、反乱軍と正規軍が内部ではげしく戦いをくりひろげている状態である。
一方、正気の不足、つまり虚の場合は、外邪(敵)が攻めて来るのに、最前線の兵士も第二戦の後方部隊も、たとえば食糧難で腹ペコになっており、皆痩せこけて全く戦意がなく、なんなく前線を突破されてすぐ降伏してしまい、ガタガタになって本部まで敵に占領されてしまった状態である。内乱が起こって司令部が占拠されて正規軍が敗れ、クーデターが成立した状態である。この場合は、いずれも正気の不足すなわち虚ということになる。
《素問・生気通天論》に「陰平かにして陽秘すれば、精神乃ち治る。陰陽離決すれば、精気乃ち絶ゆ」とある。「陰平かにして陽秘す」とは、人の正常な生理状態の発生には、必ず動的な陽と静的な陰が、つまり陰と陽の動静が互いに感銘し合ってはじめて健康であり、生々息々として生命を保つことができるということである。
「陰陽離決す」とは、人体における陰と陽の力関係がバランスを失い、相互依存、相互制約、相互資生の関係がくずれ、分離決裂した状態となることで、つまり死亡を意味している。陰陽失調とは、陰陽双方の力関係が相対的に偏勝偏衰の状態を呈することで、疾病のあらわれにほかならない。
病位の段階は陰陽失調の病状の軽重を表す
疾病は一般に表より裏へ、浅い方から深い方へと発展し、病位の推移につれて病状も更に重くなっていく。疾病を治療するには、時機をしっかり見極め、早い時機に着手することが必要である。
病位が浅いと治療し易いし、病位が浅いと陰陽の失調の程度も軽く、病状もまた軽い。反対に陰陽の失調の程度が強いと病状もこれに応じて重くなる。しかしある病証では、波及する病位の段階が比較的少なく、病状もわりと単純である。たとえば感冒では、病邪の多くは皮毛に留り、内にまで伝わるものは少ない。
寒熱は陰陽失調の疾病の属性の反映である
陰陽失調が寒熱の病変をひき起こすメカニズムは、人体の陰と陽の正常な関係が乱れて陰陽の偏盛偏衰があらわれ、臓腑気血機能に病理的亢奮あるいは衰退を発生させるからである。
《素問・調経論》に「陽虚すれば則ち外寒し、陰虚すれば即ち内熱す。陽盛んなれば則ち外熱し、陰盛んなれば則ち内寒す」とある。
陰陽失調の形態は、基本的には二種類に分けることができる。一つは有余で実証といい、もう一つは不足で虚証といっている。この二種類はどちらも陰陽が相対的平衡を失ったものである。
実証の陰陽失調は、外来の熱邪が人体の陽と親和したために、陽の有余をきたして陰と平衡できなくなったものであり、あるいは外来の寒邪が人体の陰と親和したために、陰の有余をきたして陽と平衡できなくなったものである。したがって、陽の有余は熱証をあらわし、陰の有余は寒証をあらわす(「陰平陽秘」の平常な情況下においては、陰陽はどちらも際立って太過になることがないので、寒あるいは熱の症状が出現するようなことはない)。
不足によって発生する虚証の陰陽失調も、また寒証あるいは熱証をあらわすが、しかし、この発生の機理は上で述べたものとは相違している。実証は、外邪が人体の陽あるいは陰に加わったために、陽あるいは陰の有余をひき起こして発生したのであるが、虚証の寒熱は、陰あるいは陽のどちらかの一方が不足することによって別の一方が相対的に突出して発生するもので、《内経》の中で述べている「陰虚内熱を生ず、陽虚外(内)寒を生ず」とは、すなわちこの種の寒熱を指している。
同じ寒熱であっても、発生の機序によってはっきりと違いがあり、実証は有余であり、虚証は不足である。
寒証と熱証は、一切の症状の大綱であり、病人は臨床上において多種の症状をあらわすが、しかし陰陽の原則下においては、寒証と熱証の二大類に帰納される。