病因

病因とは、疾病をひき起こす原因である。人体の生理機能を破壊し疾病を発生させる素因や条件は、すべて病因に属する。東洋医学では、長期にわたる医療実践と経験の累積に基づいて、次第に現代の理論が形成されるようになった。

1.病因の分類

病因の種類は極めて多く、外感による外因、内傷による内因、過度の性行為や切り傷、やけど、打撲、虫害などによる外因でも内因でもないものの3種類に分けられる。

2.自然界と六淫<リクイン>

季節や気象の変化と自然界の現象と、人の生命現象とは極めて密接な関係がある。四時の気候の変化には、たとえば気温の高低、湿度の大小、風量の強弱、日照時間の長短などがあり、1年の季節性と気候の特徴を風、火、暑、湿、燥、寒の六気と称している。季節によって変遷する六気の変化の規律は、自然界の万物が生長変化する必要な条件である。
私達は長期にわたる生活を通じて、人類の疾病の発生は気候の素因と関係があり、特に六気の過多あるいは不足は、常に疾病の発生の重要な原因となり得ることを知った。この異常な六気を「六淫」といっている。
内科疾病中には、この六淫病因のほか内風、内湿、内燥、内火などがあり、あるいは単に風、湿、燥、火などといい、六淫に似た特性をもっている。つまり体内でも六淫に類した特性がある。

※「実と虚」については後述する。

3.情志

喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七種の精神活動は、人間が生きて行く上で皆持っているものである。外界からのいろんな精神的刺激が過度であったり、長く続き精神が過度に興奮したり抑制されたりすると、人体の陰陽の失調、気血の不和、経脈の阻塞、臓腑機能の失調をひき起こして発病する。精神による病は、主として五臓の機能の失調という病証をひき起こす。
《霊枢・寿よう剛柔》に「憂恐憤怒は気を傷る、気は臓を傷り、乃<スナワ>ち臓を病む」と述べられている。七情の病には一般に次のような二つの特徴がある。

情志による病は五臓を損傷する 情志の変動は内臓を損傷するが、その中では心が最初である。「心は五臓六腑の大主となす」、また「心は精神の舎<ヤド>る所」といわれている。それ故《霊枢・口問》に「悲哀愁憂すれば則ち心動き、心動けば則ち五臓六腑皆揺らぐ」と述べられている。,/td>
情志の変動は気の機能活動に影響する 《素問・挙痛論》に「百病は気より生ずるなり。怒れば気は上逆し、喜べば気は緩み、悲しめば気は消沈す、恐れれば気は下り、寒すれば気は収斂し、熱を受ければ気は外泄し、驚けば気は混乱し、過労になれば気は耗散し、思慮すれば気は鬱結する」とある。
それぞれ違った情志の変化は、人体の気の機能に対する影響も異なり、ひき起こされる症候にも相違があると説明している。
情志の素因が気の機能に影響を与える多くの病証の中で、肝気の失調が最も顕著で、臨床上よくみられるものは「鬱証」である。これは現代医学のノイローゼ、自律神経失調症、神経症、ヒステリー、更年期症候群など多種の病証を包括している。
《丹渓心法》に「気血おだやかなれば万病生せず。ひとたびふさぎもだえると諸病生ず。故に人身の諸病多く鬱より生ず」とある。
気の機能が阻滞して長期間にわたり癒えないと、気病が血に及んだり、鬱して熱を生じたり、津液<シンエキ>が凝集して痰結となったり、気が昇って熱と化したりと変化は多彩で、種々の疾病が起こってくる。臨床上よくみられる鬱証は、大部分は気の機能失調の疾患である。しかし長びくと臓腑、気血、津液の種々の病変をひき起こすことになる。

※「臓腑、気、血、津液、痰」などについては詳しく後述する。

4.飲食

人の生長発育は飲食の栄養によって維持されている。しかし飲食が不適当であると、疾病をひき起こすこととなる。
《素問・痺論》に「飲食自ら倍すれば腸胃すなわち傷る」とある。飲食の不摂生による病は、辛辣<シンラツ>生冷(辛いものや生もの)、肥甘厚味(おいしくて栄養のあるもの)の過食や暴飲暴食の後に多くみられる。
また偏食や摂取不足から病となる場合もある。辛いもの、栄養価に富んだものの過食は、熱や湿や痰(食べたものが正常に運化しないで生じた病理産物。俗にいう咳とともに出る痰は「痰」の病の一種)を生じ易く、ある臓腑病証の原因となる。生冷のものの過食は、脾胃の陽気を損傷して、一連の脾虚の諸侯があらわれる。
暴飲暴食は食滞を招き、脾胃の健運を失調させ、食滞による脾胃の症状があらわれる。偏食や摂取不足は、しばしば夜盲症、脚気病(B1不足)、気血不足などの病証をひき起こす。

5.疫毒<エキドク>

疫の特徴は、一定の季節性や伝染性を備えていることである。平たくいえば現代医学の伝染病に相当する。
人が一度これに触れると、口鼻より体内に入り、感受して疫病を発生する。その臨床症状は発病が急で、伝変が速く、表証の時期は短く、比較的高熱、煩渇(高熱で口渇)の出現を特徴とする実熱証である。
六淫における毒は伝染性はない。毒の侵入経路には、胃腸より入るもの(たとえば食中毒や薬の中毒)、皮膚より入るもの(たとえばうるしかぶれや虫獣の咬傷)、気管より入るもの(たとえば工場での毒気、廃気、廃液など)、その他(毒性のある薬物の注射など)がある。

6.労傷

過度で長期にわたる労働(肉体及び精神的労働)が、人体の許容範囲を超えると、過労により気血を消耗して臓腑機能に影響し、疾病をひき起こす。
東洋医学では疲労倦怠はよくみられる内傷病因の一つとなっている。
《素問・宣明五気篇》に「五労の傷る所、久視は血を傷り、久臥は気を傷り、久座は肉を傷り、久立は骨を傷り、久行は筋を傷る。これを五労の傷る所という」とある。
長期間にわたる特殊な活動や長時間の単調な動作は、ある一つの器官や組織の過度の疲労を招き、また終日座ったり臥せてばかりいると、気血の流動が緩慢となって筋肉や骨の活動能力が弱くなり、臓腑の機能が低下し、消化機能が減退して抗病力の低下を招き、各種の疾病が発生する。


back