病因とは、疾病をひき起こす原因である。人体の生理機能を破壊し疾病を発生させる素因や条件は、すべて病因に属する。東洋医学では、長期にわたる医療実践と経験の累積に基づいて、次第に現代の理論が形成されるようになった。
病因の種類は極めて多く、外感による外因、内傷による内因、過度の性行為や切り傷、やけど、打撲、虫害などによる外因でも内因でもないものの3種類に分けられる。
季節や気象の変化と自然界の現象と、人の生命現象とは極めて密接な関係がある。四時の気候の変化には、たとえば気温の高低、湿度の大小、風量の強弱、日照時間の長短などがあり、1年の季節性と気候の特徴を風、火、暑、湿、燥、寒の六気と称している。季節によって変遷する六気の変化の規律は、自然界の万物が生長変化する必要な条件である。
私達は長期にわたる生活を通じて、人類の疾病の発生は気候の素因と関係があり、特に六気の過多あるいは不足は、常に疾病の発生の重要な原因となり得ることを知った。この異常な六気を「六淫」といっている。
内科疾病中には、この六淫病因のほか内風、内湿、内燥、内火などがあり、あるいは単に風、湿、燥、火などといい、六淫に似た特性をもっている。つまり体内でも六淫に類した特性がある。
風邪
《素問・風論》に「風は善く行<メグ>り、しばしば変ず」とあるが、これは風邪がよく動きよく変わるという特徴を指摘したものである。自然界の中では大気の流動は風であり、風の特性は軽揚であり、あとかたもなく消え去り、また一瞬にして集まるという急激で多彩な変化を示す。
これと同じように、発病するときに風と関係があったり、臨床上あらわれる症状が上の風の特徴と似ている場合は、いずれも風邪致病と称する。
以下に風邪致病の特徴について述べる。
風邪はいつの季節でも病をひき起こす | それ故「風は百病の長となす」という説がある。風の具体的な内容は、自然界の風、及び大気中の種々外感病の発病素因が含まれる。前者の例としては「風寒を受く」、「汗出でて風に当る」などである。 皮膚や口鼻の呼吸によって人体に侵入する。外感風邪はよく寒熱燥湿などの外邪を兼挟する。たとえば外感病の初期には悪風発熱、汗出頭痛、鼻塞鼻水が流れ出るなどがみられ、風邪襲表または傷風感冒と称する。 喉痒(のどが痒い)、咳、喀痰胸悶(痰を吐き胸苦しい)が甚しく、または喘急(喘息)するものは風邪束肺という。悪寒無汗、口渇せず、喀痰清稀(うすい)、関節痛、舌苔白のものは風寒である。 咽喉紅腫(のどが赤くはれる痛み)、口渇、舌紅苔黄、痰粘のものは風熱である。風寒と風熱の症状は、種々の外感病の初期によくみられる。 |
風は動揺振転の性質がある | ふるえ、ピクピクひきつるなどの特徴のあるものは風の範囲に属する。たとえばてんかんで突然倒れひきつって人事不省になるなどの症状は風である。炎暑の季節にあらわれる高熱、眠くなる、けいれん、ふるえなどの症状は「暑風」といっている。 外感熱病の最盛期にあらわれるけいれんやひきつり、及び血が不足して十分に筋肉を養えなくなって起こるふるえ、ひきつり、めまいなどの症状は、「動風」といって内風の範囲に属する。 |
風は変動して静止しない性質がある | たとえば全身の筋肉や関節が痛んで、痛む個所があちらこちらと遊走性があり定まらないのは風の症状である。また皮膚の痒みや発疹が突然起こり、治ったり発したり、あちこち一定しないのは風の病証である。 これらの病証は、流動的で多変という特徴があり、風邪によるものと考えられている。 |
風は軽揚上浮の性質がある | 症状が頭顔など人体の上部に多見されるものは風邪である。浮腫(むくみ)が最初に顔や目の下にあらわれ、表証があるものは「腎風」である。表証があり内傷のものは「風水」といっている。頭部の皮膚の痒み、ふけ、髪毛が抜け易いものも風によるものである。 |
寒邪
冬季気候が寒冷になると、万物は潜蔵し、生長は衰退する。寒邪による病は冬に多いが、他の季節でも気温が急激に下降して病となるものも含む。一般に臨床症状に寒冷、凝滞、収引、清澄などの特徴のあるものは寒邪の病である。
以下に寒邪によって起こる病について特徴を述べる。
寒は凝滞の性質をもつ | たとえば油は寒いと粘度が増すし、煮物でも煮こごりができる。しもやけにかかったり、生冷なものを食べたり、寒冷を受けたりすると、人体の気血は凝滞し、経脈(気血の運行の通り道)の流れが不利となって病が生じるのは「寒邪に傷<ヤブ>られる」ことによりひき起こされたものである。 |
寒は収引の性質をもつ | 寒邪の損害を受けると一連の収引の現象があらわれる。たとえば毛孔が収引すると鳥肌のように皮膚が粟状を呈し、無汗である。筋肉が収引するとふるえやけいれんをひき起こす。 皮膚表面の絡脈<ラクミャク>(経脈から分かれて全身をくまなく被っている網状の脈)が収引すると、皮膚は蒼白になり、体表や四肢は寒冷する。筋肉関節が収引するとつっぱって動かしにくくなる。血脈(経脈)が収引しけいれんすると痛みをひき起こすので、寒邪は常に痛みの主な原因である。 《素問・痺論》に「痛みは寒気多きなり。寒ある故に痛むなり」と述べている。臨床上寒邪の影響が強いと、多くは痛みが主要症状である。 |
寒は清澄の性質をもつ | 《素問・至真要大論》では「諸病水液、澄みきって清冷のものは皆寒に属す」と述べており、たとえば排泄物が清稀なものはいずれも寒邪によると指摘しており、感冒の初期にうすい鼻水であれば「風寒」に属する。 |
暑邪
暑は夏季の反映であり、暑邪によって起こる病には、はっきりした季節性がある。炎天の気候は極めて暑く、湿気が薫蒸するので、暑邪による発病の特徴は炎熱と挟湿があげられる。
暑は炎熱の性質をもつ | 暑病は夏季に多見される。暑病には熱象がみられ、高熱、顔面赤、口渇、咽乾、汗多、いらいらなどの症状があらわれる。壮熱(高熱)、神昏(人事不省)、眠りたがる、ひきつりなどの症状は、暑に風邪を兼ねた疾患である。壮熱、大汗出、気短(息切れ)、倦怠、顔面蒼白、更には皮膚の湿冷のものは、暑が元気を損傷したものである。 |
暑は多くは湿を挟む | 夏季の天気は炎熱で蒸し暑いので、暑邪によって起こる病は常に湿邪を伴う。暑邪の主要症状は、身熱の起伏、汗がすっきり出ない、口渇しても水を欲しがらない、困倦胸悶、納呆<ノウホウ>(食欲不振)、悪心、嘔吐、便秘下痢などである。 |
湿邪
自然界の湿気は長夏梅雨の季節に最もよくあらわれる。物質は湿気を受けると粘滞となり、かびて腐食し易くなる。人間も長い間、湿気の多い環境にさらされると、胸悶してすっきりせず疲労倦怠を感じるようになる。
このように湿邪には湿気、粘滞、重濁、固着などという特性がある。一般に病の感受と潮湿の環境とは関連があり、臨床上このような湿の特性をあらわすものは、いずれも湿邪に感受したものと考えられる。
湿は潮湿の性質をもつ | 長夏の梅雨の季節、潮湿の気候、また湿気の多い低地での生活、水中での作業、汗かいた後のぬれた衣服などはみな湿邪を感受し易い。臨床症状で、水気が多く湿潤しているものは、湿邪による疾患である。皮膚が痒く、水液が滲出するものを「湿疹」という。 大便希薄のものや、咳し痰が希薄なものは「湿勝てば則ち軟便・下痢する」といわれている。痰がゴロゴロ鳴り、胸悶し呼吸がせわしいものは「水湿が肺を阻む」ものである。水様のものを吐出し、腸間に水声があるものは「水湿内停」である。全身が浮腫し、小便不利(小便がよくでない)のものは「水湿氾濫」である。 |
湿は粘滞の性質をもつ | 湿邪による病は、その性質は粘滞で固着し、一般に病程は比較的長く、膠着して治癒しにくい。症状では風が変動して定まらないのとは反対に、湿邪による病では固定して移らない。また湿は下降する性質があり、風の軽揚上浮の性質とは異なる。いわゆる《素問・太陰陽明論》の「風に傷らるる者、上に先ず之を受く。湿に傷らるる者、下に先ず之を受く」である。 |
湿は重濁の性質をもつ | 湿邪は気の活動を阻害し易く、大部分のものは舌苔は厚く、のんめりとしている。悪心(吐き気)、嘔吐、胸悶腹脹、食べてもおいしくなく、軟便、食の味がしなく口が甘く感じるなどの症状があるものは、「湿が脾胃<ヒイ>を阻む」ものである。小便黄濁、頻尿不利、及び婦人の帯下<タイゲ>(こしけ)が粘で臭いがあり、色が黄色いものは「湿熱の下注」である。 これら種々の病証は、いずれも湿邪によって起こる病である。 |
燥邪
燥は湿と相対するもので、秋季の反映である。《素問・陰陽応象大論》では、「燥勝てば則ち乾く」と述べている。燥邪の主な特徴は乾燥である。自然界の空気中で湿度が相対的に低いときは乾燥状態が顕著となる。長時間の日照りや強い日差しにさらされて、土地はひび割れし、草木は枯れる。乾燥した環境で疾病にかかったり、乾燥してひび割れし枯れてしおれたりした臨床症状をあらわすものは、燥邪に損傷されてなったものである。燥邪に外感するのは秋季の乾燥した季節に多い。
この期間にあって発熱頭痛、無汗、皮膚乾燥、口渇、咽燥、鼻乾、口唇のひびわれ、舌乾、乾咳無痰、大便燥結などの証、舌紅、鼻血、声がれなどの熱性乾性の症状などがみられるものは、いずれも燥邪によって起こったものである。
火邪
火は熱の極であり、火と熱は程度が異なるだけで性質は同じであり、ともに炎上と急迫の特性をもっている。したがって火邪による病は発病が急で変化も速い。
臨床上では、一連の烈しい高熱、いらいらを呈する。火邪は実火と虚火に分類できる。実火は外感によって起こり、風、寒、暑、湿の邪が体内に入り、火と変化したものである。虚火は内傷により発生するもので、多くは七情内鬱、臓腑の失調によって起こる。虚火はまた「内火」ともいわれる。
※「実と虚」については後述する。
喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七種の精神活動は、人間が生きて行く上で皆持っているものである。外界からのいろんな精神的刺激が過度であったり、長く続き精神が過度に興奮したり抑制されたりすると、人体の陰陽の失調、気血の不和、経脈の阻塞、臓腑機能の失調をひき起こして発病する。精神による病は、主として五臓の機能の失調という病証をひき起こす。
《霊枢・寿よう剛柔》に「憂恐憤怒は気を傷る、気は臓を傷り、乃<スナワ>ち臓を病む」と述べられている。七情の病には一般に次のような二つの特徴がある。
情志による病は五臓を損傷する | 情志の変動は内臓を損傷するが、その中では心が最初である。「心は五臓六腑の大主となす」、また「心は精神の舎<ヤド>る所」といわれている。それ故《霊枢・口問》に「悲哀愁憂すれば則ち心動き、心動けば則ち五臓六腑皆揺らぐ」と述べられている。,/td> |
情志の変動は気の機能活動に影響する | 《素問・挙痛論》に「百病は気より生ずるなり。怒れば気は上逆し、喜べば気は緩み、悲しめば気は消沈す、恐れれば気は下り、寒すれば気は収斂し、熱を受ければ気は外泄し、驚けば気は混乱し、過労になれば気は耗散し、思慮すれば気は鬱結する」とある。 それぞれ違った情志の変化は、人体の気の機能に対する影響も異なり、ひき起こされる症候にも相違があると説明している。 情志の素因が気の機能に影響を与える多くの病証の中で、肝気の失調が最も顕著で、臨床上よくみられるものは「鬱証」である。これは現代医学のノイローゼ、自律神経失調症、神経症、ヒステリー、更年期症候群など多種の病証を包括している。 《丹渓心法》に「気血おだやかなれば万病生せず。ひとたびふさぎもだえると諸病生ず。故に人身の諸病多く鬱より生ず」とある。 気の機能が阻滞して長期間にわたり癒えないと、気病が血に及んだり、鬱して熱を生じたり、津液<シンエキ>が凝集して痰結となったり、気が昇って熱と化したりと変化は多彩で、種々の疾病が起こってくる。臨床上よくみられる鬱証は、大部分は気の機能失調の疾患である。しかし長びくと臓腑、気血、津液の種々の病変をひき起こすことになる。 |
※「臓腑、気、血、津液、痰」などについては詳しく後述する。
人の生長発育は飲食の栄養によって維持されている。しかし飲食が不適当であると、疾病をひき起こすこととなる。
《素問・痺論》に「飲食自ら倍すれば腸胃すなわち傷る」とある。飲食の不摂生による病は、辛辣<シンラツ>生冷(辛いものや生もの)、肥甘厚味(おいしくて栄養のあるもの)の過食や暴飲暴食の後に多くみられる。
また偏食や摂取不足から病となる場合もある。辛いもの、栄養価に富んだものの過食は、熱や湿や痰(食べたものが正常に運化しないで生じた病理産物。俗にいう咳とともに出る痰は「痰」の病の一種)を生じ易く、ある臓腑病証の原因となる。生冷のものの過食は、脾胃の陽気を損傷して、一連の脾虚の諸侯があらわれる。
暴飲暴食は食滞を招き、脾胃の健運を失調させ、食滞による脾胃の症状があらわれる。偏食や摂取不足は、しばしば夜盲症、脚気病(B1不足)、気血不足などの病証をひき起こす。
疫の特徴は、一定の季節性や伝染性を備えていることである。平たくいえば現代医学の伝染病に相当する。
人が一度これに触れると、口鼻より体内に入り、感受して疫病を発生する。その臨床症状は発病が急で、伝変が速く、表証の時期は短く、比較的高熱、煩渇(高熱で口渇)の出現を特徴とする実熱証である。
六淫における毒は伝染性はない。毒の侵入経路には、胃腸より入るもの(たとえば食中毒や薬の中毒)、皮膚より入るもの(たとえばうるしかぶれや虫獣の咬傷)、気管より入るもの(たとえば工場での毒気、廃気、廃液など)、その他(毒性のある薬物の注射など)がある。
過度で長期にわたる労働(肉体及び精神的労働)が、人体の許容範囲を超えると、過労により気血を消耗して臓腑機能に影響し、疾病をひき起こす。
東洋医学では疲労倦怠はよくみられる内傷病因の一つとなっている。
《素問・宣明五気篇》に「五労の傷る所、久視は血を傷り、久臥は気を傷り、久座は肉を傷り、久立は骨を傷り、久行は筋を傷る。これを五労の傷る所という」とある。
長期間にわたる特殊な活動や長時間の単調な動作は、ある一つの器官や組織の過度の疲労を招き、また終日座ったり臥せてばかりいると、気血の流動が緩慢となって筋肉や骨の活動能力が弱くなり、臓腑の機能が低下し、消化機能が減退して抗病力の低下を招き、各種の疾病が発生する。